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チョムスキー「教育論」第5章
「嘘の教育学」の仮面をはぐ:
ジョン・ジルバーとの討論
(翻訳:寺島隆吉+寺島美紀子、公開050117)
下記の討論(ディベート)はBBCラジオで行われたもので、相手はボストン大学学長のジョン・ジルバー氏でした。体制側に立つ知識人の典型がここにあります。現在、イラクやパレスチナで進行している破壊と殺戮(ファルージャの状況)、それを擁護する報道や論説、これらを読み解くための武器を、この討論が与えてくれるように思います。近く近刊される予定のチョムスキー「教育論」 第5章の翻訳です。 |
ジェレミー・パックスマン(BBCのラジオ4):しかし、あなたは否定なさらないのですね。[カンボジアへの爆撃が]秘密だったことは。…しかも、これは中立国に対する極秘作戦だったのですよ
ヘンリー・キッシンジャー:まさか、パックスマンさん。これは15年も前のことですよ。いくらあなたでも、自分の番組を通じて、「何が嘘で、何が嘘でないか」を独学する力は身につけているでしょう。
パックスマン:事実として何が不正確なのでしょうか。
キッシンジャー:全く無礼な話しだ。
上記のやりとりの中で、ヘンリー・キッシンジャーは改めて証明しています。もし権威的体制を代弁する知識人であるなら自分にとって無礼な歴史的事実は「嘘」だとレッテルを貼って容易に退けることができるだけこと、その権威的体制がその知識人を保護するどころか報償すら与えてくれることに確信をもっていることを。
実際にキッシンジャーは、チョムスキーの言うように、体制に支持されて、いとも気楽に、かつ横柄に、歴史的事実を退けることができるのです。チョムスキーは次のように述べています。
「もし実証する必要のない体制側の政治路線に従っているのならば、思った通りのことを何でも言うことができます。それは体制に服従することによって手に入れた特権のひとつです。他方、体制側の意見に批判的ならば、自分の述べる全てについて、その1つ1つを実証しなければならないのです。」
ラオスとカンボジアにおける秘密の絨毯爆撃、女性・子供を含めて何千人もの無実の人を殺した絨毯爆撃に、キッシンジャーが不名誉にも関与していたとする明白な証拠を我々がいま持っていたとしても、彼は権威ある「専門家」として巨大な特権を享受し続けることが出来ます。世論を形成することに大きな責任を 負っているとされる公共機関に、彼は自由に出入りできる権威を持っているからです。
アウグスト・ピノチェトは、民主的に選ばれたチリの社会主義政府、サルバドール・アジェンデ政権を破壊し、三千人以上の人々をその過程で殺した人物ですが、そのピノチェトにたいするキッシンジャーの不名誉な支援は、誰も否定しようがないものです。
またキッシンジャーがインドネシア政府と共謀して東ティモール侵略をはかったことも、今では十分に実証された事実です。そのインドネシア侵略は、東ティモールにおける恐怖の大量虐殺を解き放ったのでした。殺された住民の比率はナチスのユダヤ人虐殺を遙かに上回る恐ろしいもので、西洋の「専門家」によって婉曲的に「民族浄化」と名付けられていますが、その法外な大量虐殺は今に至るまでも続いています。
それに対して西洋の大国は、漁夫の利を得ようと傍観者的態度をとり、東ティモールの最終結論を座して見ているだけなのです。そしてキッシンジャーは、戦争犯罪法廷によって人道に対する罪を課されるどころか、NATOによるコソボ爆撃を大声で言い続けているのです。
いったん知識人が権威的体制に適応し、それによって報酬を得ると、事実に基づいて立証された歴史的証拠に直面しても、その現実を無視し嘘の中で生きることを難しいことだとは思わなくなっていきます。ノーム・チョムスキーとジョン・ジルバーとの間でおこなわれた討論ほど、このことを明白に示すものはありません。
チョムスキーが、米国に支援され訓練された超右翼暗殺部隊によるエルサルバドルでの大量殺人を引用しつつ、米国外交政策の矛盾と欺瞞性を暴こうとすると、ジルバーは怒って彼のことを「嘘つき」だと呼び、実証済みの証拠すら退けました。
チョムスキーの提示した証拠は明白に事実を語っています。今や私たちは、国連真実究明委員会を通じて、チョムスキーが一貫して我々に告げようとしてきた真実を知っています。国連の委員会の調査結果は明確に次のことを示しています:
1.一九八一年に、エル・モソテ村で二百から五百人の農民が虐殺された。被疑者は故ドミンゴ・モンテロッサ大佐。
2.一九八〇年に、ミサを行っているときオスカー・ロメロ大司教が射殺された。被疑者は故ロベルト・ダビソン。
3.一九八九年に、六人のイエズス会司祭、家政婦、そして彼女の一五歳の娘が殺害された。被疑者はレネ・エミリオ・ポンチェ将軍で、彼は一九九三年一〇月までエルサルバドルの防衛大臣であった。
4.三人の尼僧と一人の女性アメリカ人平信者が一九八〇年に暴行され殺された。被疑者はビデス・カサノバ将軍で、彼は前防衛大臣だった。
『ボストングローブ』の記者デビッド・ニィハンは、二人のアメリカ人ジャーナリスト、『ニューヨークタイムズ』のレイモンド・ボナーと『ワシントンポスト』のアルマ・ギラモプリエトが、今や不名誉な『ウォールストリートジャーナル』の社説で「名指しで攻撃された」と書いています。
『ジャーナル』は社説で、「その二人の左翼シンパのジャーナリストは、余りにもウブだったから酔っぱらって共産党に近づいたのだ」と彼らを弁護していますが、この記事は結果としてエルサルバドルの激動からボナー記者を引き離し、『タイムズ』の経営者に自分の記者、「エルサルバドルという残骸・荒れ地の中を突き(つつき)回っている」記者を信用しないよう励ましたのです。
私たちは今や、ロメロ主教の暗殺がロベルト・ダビソンによって命令されという実証された証拠をもっています。このダビソンは米国議会ではノースキャロライナ州選出の共和党上院議員ジェシー・ヘルムズや他のイデオロギー信奉者たちによって丁重なもてなしを受けたのでした。ヘルムズたちはラテンアメリカにおける想像を絶する残虐行為を過去も支援していたし今でも支援しているからです。しかしボストン大学の前学長ジョン・ジルバーよりも、知的な不誠実さと道徳的無責任さを巧く説明してくれる個人はいないでしょう。
なぜなら体制側の政治路線を支持する場合、何の説明責任も要求されないからです。だからジルバーは、米国の充分な支持を得ながらエルサルバドルで犯された残虐行為について嘘を言い続けることができるだけではなく、誰であれ敢えて真実を話そうとする人を傲慢な態度で執拗に攻撃することができるのです。
なぜなら、ジルバーは「自分自身の嘘に縛られている」体制の一部であり、だからこそ彼は傲慢な態度で全てを捏造することができ、支配的権威的体制によって報酬すなわち指導者や教育者や哲学者の地位を得ることが出来るのです。たとえそのような地位を得るための根拠が無いに等しいとしても。
後述するノーム・チョムスキーとジョン・ジルバーの討論を注意深く読んでいただければ、受け取る報酬が大きければ大きいほど権威的体制側の防衛は独断的になっていくのだということが分かっていただけるものと信じます。チョムスキーとの討論におけるジルバーの独断的防衛、体制側の防衛しようもない議論については、もうこれ以上の解説は必要ないでしょう。
クリス・リドン(ホスト):
今日のゲストは、アメリカ知識人であるなかで、コントラ問題に関しては、最も意見が対立しているお二人です。ひとりは、ボストン大学の学長ジョン・ジルバー氏で、彼は中米における軍事的脅威を診断するキッシンジャー委員会のメンバーでした。
もうひとりは、MIT(マサセッツ工科大学)の言語学者ノーム・チョムスキー氏で、氏は『流れを変える』Turning The Tideと題する新著で、中米における米国の介入は我々米国が第3世界に対して一般的に間違った対応をしている典型例だと主張しています。
ジルバー学長からお始めいただきたいと思います。米上院の迷える議員たちに(もし、迷っている人がいたらの話しですが)話してください。ジルバーさんが議員だったら何故コントラ資金に賛成票を投じるのかなどを。
ジョン・ジルバー:
そうですね、米国上院は伝統的に全体主義的勢力に反対し民主主義的勢力を支持してきました。ですから、もし上院がその伝統を続行するのであれば、サンディニスタ政権に反対しコントラに賛成票を投じることになるのです。
十月十五日に、サンディニスタ政権は、正式な令状なしに家屋捜索することを禁ずる法令を停止する布告を議会で通過させました。それは通信のプライバシーに関する権利を停止し、したがって通信の検閲を許すものです。また自由な集会の権利を停止しました。彼らはすべての報道の自由を停止しました。彼らは人々に対する迫害を続け、実質的にすべての民主主義的権利を停止しました。
十月十五日の法令は、ヒトラーがワイマール共和国を終わらせた一九三三年二月二八日に通過させた法令よりも、はるかに厳しく包括的なものでした。サンディニスタ政権のこの全体主義的本質は一九七九年九月以来明白で、それ以来ずっと変わっていません。だからこそ今や米国上院は民主党を支持する時なのです。
リドン:
ノーム・チョムスキーさん、米国上院に向けて短いスピーチをするとすれば、どのような理由でコントラ資金に反対なさるのでしょうか。
ノーム・チョムスキー:
そうですね、コントラのもっとも熱心な支持者たちですら今では認めているように、これはいわゆる傭兵・代理軍隊です。外国の基地からニカラグアを攻撃し、指揮も支援も雇い主に完全に依存し、政治的プログラムを提案したこともなく、国内に政治的支持基盤も全くありません。しかも軍事機構の上官のほとんどがソモサ派の将校なのです。
その軍隊の功績はというと、今までのところ、ぞっとするような拷問、手足切断などの残虐行為から成り立っており、本質的にそれ以外の何者でもないのです。これを明確に実証する一連の長い文書があります。コントラの主要な機能はニカラグアにおける社会改革の速度を遅らせるか逆転させることであり、その社会の開放性を終了させようとすることだと、コントラ当局者も今や公然と認めています。
たとえば昨年の秋からニカラグアに対しておこなわれている包囲状態は、非常に穏やかなものだとも言えます。ニカラグアには非常に政治的な開放性があるということです。それは、そこに駐在する米国大使にいたるまですべての人が認めていることです。その開放性は、一九八〇年代初め以来、エルサルバドルに対しておこなわれてきた包囲状態とほぼ匹敵するものです。
ただし、エルサルバドルでは数万人の大虐殺がそれに関連していました。さらに新聞社などの破壊もありました。それに反してニカラグアの反応は、我々米国が彼らに対して遂行している戦争への反応なのです。その戦争はまさに、ニカラグアの社会改革を遅らせようとしたり開放的で発展した社会の可能性を制限しようとしたりする目的で遂行されたものでした。それは残酷で野蛮な政策で、それを我々は終了させるべきなのです。
ジルバー:
明らかに嘘だと分かることを何時まで言い続けるつもりかね。これほどの短時間に、これほどの嘘を積み重ねるのを、私は見たことがない。ニカラグアで起こった大虐殺は、サンディニスタの中でも特にミスキート族インディオによる大虐殺だ。ニカラグアでの圧政は大変なもので、今まで中米あるいはラテンアメリカで我々が見た何よりも重大なものだ。それは住民に押しつけられた本物の独裁政権なのだ。
またコントラの指導者をソモサ政権の支持者であるということは、全くのでっち上げだ。ロベロ、クルス、キャレロ、チャモロはソモサ派ではなく、過去にそうであったこともない。君はコントラ軍の指揮者について言及しているが、その何人かは国家警備隊のメンバーだった。もし君がそれに反対するつもりならば、それは全く理不尽な話しだ。というのは、コントラ軍は断じてソモサの信奉者すなわちソモサ派ではないからだ。
また指摘すべき重要なことは、サンディニスタ政権の空軍副司令官モデスタ・ロハスも国家警備隊のメンバーでもあったし、国家警備隊の大部分のメンバーが今もサンディニスタによる独裁政権を実行するブロック委員会のコーディネーターだということだ。したがって、コントラによる残虐行為というのは、コントラの信用を落とすためサンディニスタが捏造した歪曲とでっち上げだ。今やそれは十分に実証されている。
リドン:
ノーム・チョムスキーさんが返答する番です。とりわけ全体主義に関する独特な描写に対して・・・
チョムスキー:
事実についておはなしするところから始めることにいたしましょう。繰り返しますが、コントラ軍指導者のほとんどは完全にソモサ派の国家警備隊トップから引き抜かれています。
ジルバー:
ソモサ派の軍人だ
チョムスキー:
四八人の軍トップの指揮官から四六人が、エドガー・チャモロに従って・・・このチャロモが軍トップの指揮官で・・・
ジルバー:
軍人達は・・・
チョムスキー:
すみませんが、ちょっと私にしゃべらせてください。私はあなたの話の妨害はしませんでした。妨害しましたか?
ジルバー:
君が次々と真実をねじ曲げているからだ。誰かが・・・
チョムスキー:
私に話す時間を・・・
ジルバー:
君が間違った歴史を言いふらしているのを、いま糺(ただ)さないで、いつ糺すんだ。
チョムスキー:
ジルバーさんは私に話されると困るような何か十分な理由をお持ちなんですね。
ジルバー:
マルコス氏、マルコス氏・・・
チョムスキー:
つまり、真実が何であるかを彼は知っているのです。彼は私をしゃべらせたくないのです・・・
ジルバー:
そんなことはない。君が延々と事実を歪めるからだ。
チョムスキー:
私に話す機会を与えていただけませんか。
ジルバー:
こっちの話しも直ぐ終わるよ。マルコス、マルコスがアキノを権力の座につける手伝いをした軍隊だ。君は国家警備隊がまるでソモサ派だったかのように取り上げているが、それは全くの間違いだ。
リドン:
しかし彼にその件について語らせてください。・・・
ジルバー:
君もサンディニスタを支援している沢山の国家警備隊メンバーがいることを見落としているのだ。
リドン:
チョムスキーさん、どうぞ・・・
ジルバー:
さあ話す機会をやるから、また真実を歪めたまえ。
チョムスキー:
そうです。あなたはずっと一つの行動をとり続けています。これは全体主義の良い見本ですね。つまり自分に反対する人間を・・・
ジルバー:
私は、君が間違った情報を独占しているのに対して、それを押しとどめた最初の人間だ。
チョムスキー:
私がアメリカの新聞界で間違った情報を独占しているというのは少し奇妙ですね。
ジルバー:
いいや、そんなことはない・・・
チョムスキー:
本当ですか。私がアメリカの新聞を支配しているんですか。
繰り返しますよ。次のような事実に戻りましょう。コントラの軍指揮官トップ四八人のうち、四六人がソモサ派の将校です。
それは議会報告書でわかります。エドガー・チャモロはCIAが任命したスポークスマンですが、議会報告書に書かれている彼の証言からそれが分かります。それは正確に私が言ったとおりなのです。それが正確な真実です。
米国が中米で行ってきたのと同じ規模の大虐殺をサンディニスタ政権が行ってきたのだとあなたが言っているとするならば、その考えは実際に驚くべきものです。
エルサルバドルでは、私たち米国が一九七八年あるいは一九七九年に強引な干渉を始めて以来、虐殺された人々の数はおよそ六万です。ついでに言えば、グアテマラでも米国は一貫して軍事援助を続けてきましたし今も熱狂的に支援し続けていますが、そこで虐殺された人々の数は十万人の規模です。
ジルバー氏は酷い仕打ちを受けたミスキート族インディオを引き合いに出しましたが、殺された人数はおおよそ六十人か七十人といったところでしょう。それに反して、コントラによって殺されたミスキート族インディオはおよそ五千ないし六千人にも及びます。
私は殺害と言いましたが、これはありふれた月並みの殺害ではないのです。これは拷問・謀殺・身体切断といった殺人であり、詳細にわたった大量の証拠が残されているのです。しかも我が軍隊によってです。
もちろん、間違いなくサンディニスタ政権による犯罪もあります。しかし、それらは我々が支援してきた犯罪と比較すると見つけようもないほど小規模のものです・・・
リドン:
このことが引き起こす二つの中心的論争に話を戻したいと思います。ひとつはサンディニスタ政権のニカラグアの存在が米国とこの半球[アメリカ大陸]に対して安全保障上の脅威となっているかどうかということです。第二に、いわゆる民主主義者と民主主義的理念にとっては、ニカラグアで我々の規範[民主主義]を遂行している人々を助ける義務があるかどうかという点です。ジョン・ジルバーさん、これら二つは同じことなのでしょうか。そしてあなたはその両方を支持しますか。
ジルバー:
私はニカラグアにいる約六千五百人のソビエトとキューバの軍隊の存在は支持しない。同じく、ニカラグアに対してソビエト連邦によって供給された二十四機の武装ヘリコプター「ガンシップ」の存在と、百五の戦車や千二百のトラックや三百の・・・
リドン:
しかし、それがこの米国に対する安全保障上の脅威だとする根拠はどこにあるのでしょうか。
ジルバー:
それはまだ安全保障上の脅威ではない。しかし、それはヒトラーが一九三三年二月二十八日にドイツ人のすべての自由を停止したとき、彼が防衛上の脅威ではなかったのと同じだ。同じく、一九三六年にヒトラーがラインラント[ドイツのライン川以西の地方]を再武装したときも重大な防衛上の脅威ではなかった。しかし連合国が、ヒトラーが脅威であると認識する余裕ができたときには、一千万人の命が犠牲になり、彼を打ち破るのに六年がかかってしまった。
今ならば、我々はたった一人のアメリカ人の命をも使わずに、中米でサンディニスタ独裁政権を終わらせることができる。我々がしなければならないのは、消防士への支払いを手助けすることだ。
ニカラグアには火事が起きているのだ。我々は火事が外に広がらないようにしなければならない。ただし我々が直接に火を消す仕事をする必要はなくて、消防士の費用を出すよう求められているのだ。もし我々が待つだけならば、つまりソ連がそこに軍事基地を確立し拡張するまで何もしないと決めるならば(何故なら、それを放置しておけば拡張するに決まっているから)、我々は戦争の可能性という事実に直面しなければならないだろう。
確かにそれは現在の脅威ではない。それは一つの方向性だ。もし部屋で起きている小さな火事が脅威だと理解する充分なセンスを持っていなければ、我々は歴史から何も学んでこなかったことになる。それは小さな火事だからではなく、小さな火事が大きな火事になる可能性があるからだ。
リドン:
今度はノーム・チョムスキーさんの番です。ニカラグアが半球と米国にとって防衛上の脅威かという問題ですが。
チョムスキー:
安全保障上の脅威としてニカラグアを語ることは、ルクセンブルグがどんな脅威をソビエト連邦に引き起こしているのかを訊ねるのに少し似ています。
ジルバー氏はヒトラーに言及しましたが、私は年齢上、ヒトラーの演説を覚えています。その中でヒトラーはポーランドによって引き起こされているドイツへの脅威について話していました。ポーランドの脅威からドイツは身を守らなければならいというのです。だとすると、ニカラグアの脅威についてヒトラーを例にあげるのは、ヒトラーにとってすら不公平だということになります。
ニカラグアが今、ソ連製兵器で武装され、重装備していることは疑いがありませんが、その理由は、超大国によって攻撃されていて、しかもその超大国によって他国から兵器供給を全く遮断されてしまっているからです。たとえば、昨年の五月の禁輸措置までは、ニカラグアのソビエトブロックとの貿易は二〇パーセントだけでした。つまり、それ以前は、武器は至るところから来ていたのです。
米国はその後、他国からの武器を全て遮断しました。米国が戦争を激化させるにしたがって、ニカラグアは米国政府の狙いどおりの行動をしました。すなわち、資金・資源を社会改革から軍事へと振り向けたのです。この社会改革[自力で豊かな社会をつくること]こそ米国が真に恐れていたことでした。
敢えて付け加えさせて頂ければ、ニカラグアが米国を攻撃できるという考えは、気違いじみた考えです。ラテンアメリカの国々にとっては、まさにヒステリー的精神異常としか見えないでしょう。中米の全ての国、全てのコンタドーラグループの国[*]、すべての支援諸国、それにはラテンアメリカの比較的民主主義的な諸国の全てを含んでいますが、それらの国々が私たち米国にニカラグアに対する戦争をやめるようにと嘆願しているのです。
[*
中米地域の紛争の調停工作をしているグループ。メキシコ、ベネズエラ、コロンビア、パナマの4国で構成。983年1月、パナマの Contadora島で外相会議を開き、調停工作開始を決めたことから名付けられた。]
彼らは何が起こっているのかを完璧に正確に理解しているのです。米国がニカラグアに軍国主義国になるようにと強要し、そのことが中米に戦争を拡大させる危険性を作っているのです。もし私たち米国がソ連の戦車をニカラグア国外に出したいと望むなら(戦車といっても無いに等しいのですが)、そしてキューバの軍事顧問を国外に出したいと望むなら、私たち米国がすべきことは非常に簡単ですし、実は政府全員がそれを知っているのです。
すなわち戦争をやめることです。そうすればニカラグアは、私たちが攻撃を仕掛ける前に実行しつつあったこと、すなわち、半球[アメリカ大陸]における最も効果的な社会改革を実現することです。この社会改革、世界銀行、米州開発銀行、オックスファム[*]のような組織によって広く賞賛されていたものです。それらの組織は、この社会改革を彼らが関わった七六の開発途上国における経験のなかでも特筆すべきものだと絶賛していたものです・・・
[*
オックスファム:オクスフォード飢餓救済委員会Oxford Committee for Famine Relief]
リドン:
時間が無くなってきましたが・・・
チョムスキー:
その改革を、私たち米国が攻撃することによって、遅らせ阻止してきたのです。
リドン:
規定時間をかなりオーバーしていますので、先に進めたいと思います。民主主義の問題とその大義を援助するための私たちの責任について論じていただきたいと思っています。あなたはサンディニスタ政権を批判しましたが、逆にコントラが民主主義の担い手として本当に意味がある組織だと考えておられるのでしょうか。
ジルバー:
もちろんです。サンディニスタ政権が素晴らしい民主主義政権であり我々米国の反対が彼らをソ連の手に追い込んだ、などというのは全くの神話だ。それは出鱈目の神話だ。それは歴史のでっち上げであり、チョムスキー氏も知っていて嘘を言っているのだ。
実際は、一九七九年七月にニカラグア革命が終わったとき、サンディニスタ政権は、米州機構に自由選挙をすると誓約をして、ワシントンにやってきた。その時、彼らは米国の仲裁で世界銀行から融資を、つまり一億一千七百万ドルの借款を受け取った。そして一九三〇、いや一九七九年の九月に、彼らは既に彼らの抑圧政策を始めたのだ。
だから我々米国がニカラグアをソ連共産党の手に彼らを追い込んだという考えは完全に間違いだ。それはでっち上げだ。
リドン:
しかし私の質問は、コントラは民主主義の担い手かどうかですが。
ジルバー:
コントラは現在、ひとつの明白な理由から、ニカラグア人の間で公然たる支持を得ていないことは確かだ。ヒトラーに対する抵抗勢力は、ヒトラーがドイツを支配した後、ドイツ国内では明白な支持を持っていなかったのと同じだ。全体主義国家では、抵抗勢力は実質的にはいかなる意見も持ち得ない。現在のソ連でも同じだ。せいぜい孤立した「拒否者」のグループがあるのみだ。
しかしニカラグアではロベロ、クルス、チャモロ、コレロなど一群の指導者がいる。彼らは、ソモサ派に反対した主要人物、主要な民主主義的人物だが、そのの多くは刑務所に送られた。彼らは文字通り、サンディニスタ独裁政権に反対している何千人もの人々が尊敬し信奉している人物だ。
これらの人物を全体主義的だとして帳消しにしようとすること、それらの人々が残虐行為をおこなったなどと虚言をでっち上げることは、まさに「ダブル・スィンク」[*]の好例だ。これはまさにオーウェルの『一九八四年』を地で行っているようなもので、「ダブル・スィンク」の著作で国際的名声を確立しているチョムスキー氏にしては、全く馬鹿げたことだ。
[*
ダブル・スィンク:同時に二つの矛盾していることを信じる二重思考。ジョージ・オーウェルの小説『一九八四年』の「ニュー・スピーク」に記されている。]
リドン:
チョムスキーさん、民主主義と民主主義勢力の救済に至るためのこの声を聞くとき、あなたは何と答えますか。
チョムスキー:
米国は中米の至るところで民主主義勢力に敵対してきましたが、そのような長く続いた政策を逆転させ、そうした勢力を支援するつもりであるのなら、非常に喜ばしいのですが。
それはともかく、ニカラグアの、現実の話題に戻りますと、私はサンディニスタ政権を完璧な民主主義であるとか、あなたの言葉にあるような政権だとかと、言ったことはありません。私は、世界銀行、オックスファム、イエズス会、その他の言葉を引用しただけです。それらの組織は、サンディニスタ政権のやっていたことはニカラグアの貧しい資源を大多数の貧しい人々の利益になるように使うことだったということを認識していましたし、そう述べていました。
だからこそ健康の水準は急上昇しましたし、識字率も急上昇しました。また、だからこそ今のところは一つの地域だけですが農地改革も進みました。自給農業が向上し、食物の消費が増加したのも、以上のような事情があったからです。しかし、だからこそ米国は彼らを攻撃したのです。ニカラグアの民主化度とは何の関係もなかったのです。
また同じように、私はクルスとロベロが残虐行為を行なったとは言っていません。実際、クルスとロベロはワシントンで座り込んでいるだけで何も行なっていません。彼らは私たち米国がでっち上げた傀儡(かいらい)にすぎません。残虐行為を行なっているのは国家警備隊に率いられたコントラ軍です。ただし、あなたが名前を挙げた人物の中のひとりが残虐行為にかかわっています。すなわち、コレロで、彼は超右翼のビジネスマンで、ニカラグアの狭いビジネス勢力の中で最も過激なグループを代表しています。
さて、もし米国が僅かながらでも民主主義に関心をもつのであれば(外交政策では現在のところ民主主義に関心を持っているとは思えませんし過去にも関心を持ったことはないと思いますが)、私たちが目を向けるべき国があります。何故なら米国が影響力を行使できる国、たとえばエルサルバドルがあるからです。
エルサルバドル政府は大司教の悪口を言いません。彼らがするのは彼を殺害することだけです。政府は新聞を検閲しません。彼らはそれを一掃するだけです。彼らは軍隊を出して教会のラジオ局を爆破します。独立系新聞社の編集長はナタでめった切りにされ、バラバラ死体が排水溝で発見されるだけなのです。
ジルバー:
いつもそんなデマばかりを・・・
チョムスキー:
話を続けさせてくださいませんか。私は一度もあなたの話を妨害しませんでしたよ・・・
ジルバー:
いったい君は何時のことを言っているのか。しかも言っていることが時間の無駄だと思わないのか。
チョムスキー:
待ってください。それは一九・・。
ジルバー:
それともテレビでずっと嘘を続けたいのか。
チョムスキー:
私が話しているのは一九八・・・
ジルバー:
君は骨の髄まで嘘つきだ・・・
チョムスキー:
私が述べたことは事実ではないというのですか。本当に起きたことではなかったとでも?
ジルバー:
決して起こらなかった、君が言ったような状況。
チョムスキー:
本当ですか。
ジルバー:
そして、クルスが単に傀儡であって何もしていないと言ったが、アルトーロ・クルスがサンディニスタ政権の在米国大使であったという事実を君は見落としている。
チョムスキー:
そうです、ただし彼はいつも・・・
ジルバー:
そして彼はサンディニスタ政権の主要銀行家だった。
チョムスキー:
まさにその通りですが、ただし米国においてです。
ジルバー:
そしてサンディニスタ政権が全体主義政権であることを知って彼らと関係を絶ったのだ。君は全くの詐欺師だ。そろそろ皆が君の正体を見抜く頃だよ。
チョムスキー:
あなたはこの議論から逃げたいのですね。
ジルバー:
いや決して。ただ馬鹿げた奴と付き合いたくないだけだ。
チョムスキー:
すみませんが続けさせてください。私が言ったように、確かにアルトーロ・クルスは米国にいました。しかし連れ戻されたのです・・・
ジルバー:
なぜ彼は米国にいたのかね。
チョムスキー:
彼は米国にいました。米国に亡命したのです。しかし彼は政治家としてニカラグアに連れ戻されました。なぜならビジネス界を代表してサンディニスタに反対する有力候補者がニカラグアにいなかったからです。しかし彼は選挙に参加しませんでした。その理由のひとつは・・・
ジルバー:
彼が参加できなかったのは・・・
チョムスキー:
話を続けさせてくれませんか。
ジルバー:
だめだ、また嘘を言うから。
リドン:
お二人ともおやめください。
チョムスキー:
私はまだ何も言っていません。
ジルバー:
ツルバ(サンディニスタ政権賛成派の市民軍)がクルスの選挙参加を妨害したのだ・・・
チョムスキー:
それはあなたのでっち上げです。しかし私に続けさせてください・・・
リドン:
残念ですが出来ません。時間が来てしまいました。お二人は日曜の夜に、引き継ぐべき重い課題をレーガン大統領に与えました。ジョン・ジルバーさん、ノーム・チョムスキーさん、今日は有り難うございました。
チョムスキー:
まあ仕方がないでしょう。
下記は、上記の討論に関連する文献をチョムスキーの著作から補足的に抜粋したものである。
一九七九年の、ニカラグアの独裁者ソモサ政権の崩壊は、次のような懸念をワシントンに起こさせた。つまり、ニカラグアの革命に刺激されて、エルサルバドルの残酷な独裁者も打倒されるかもしれない、それはひいてはそこでの米国支配を同様に失うことになるのではないか、という恐怖である。
米国にとって更に恐ろしい第二の発展は、一九七〇年代の「大衆の組織」の成長、すなわち教会の資金援助によって自立しはじめた聖書研究グループ、小作農の組織、労働組合などだった。エルサルバドルも民衆が本当に政治過程に参加し、実質的な民主主義の方向へ動くかもしれない、という恐れがあった。
カーター政権はエルサルバドルのこうした脅威に対抗して一九七九年一〇月に「改革派」陸軍将校が率いクーデターを裏から支援し、他方で最も反動的な軍部が支配的地位を保持できるよう援助した。
一九八〇年二月、ロメロ大司教は、軍事政権に対して軍事援助をしないようにとカーター大統領に嘆願し、軍事援助が「エルサルバドルでの不正を確実に増加させ、最も基本的な人権を守るために闘っている大衆組織への抑圧を解き放ち、さらに先鋭化させることになるだろう」と述べた。
しかし抑圧を増加させ、大衆組織を破壊し、独立を妨げることは、まさに米国外交政策の本質だった。したがってカーターは大司教の嘆願を無視し、「改革における軍隊の重要な役割を強化する」ために軍事援助を送ったのでした。
一九八〇年三月、ロメロ大司教は暗殺された。判事アティリオ・ラミレズに率いられて、司法調査が開始された。ラミレズは、死の部隊の設立者であり、米国のお気に入りであるメドラノ将軍と右翼指導者ロベルト・ダウビュイソンを、暗殺者を雇い入れたかどで告発した。
そして、ラミレズは自分に対する死の脅迫と殺人未遂行為のため国外逃亡した直後に、「メドラノ将軍と右翼指導者ダウビュイソンが殺人を覆い隠そうとする一種の陰謀に関わっていたことは疑いようもない事実だ」と結論を下した。
一九八〇年六月、大学は、軍隊に攻撃され、閉鎖された。軍の攻撃によって学長を含む多くの人が殺され、施設設備は略奪され破壊された。
一方、独立系メディアは爆撃やテロで消し去られた。それは「自由な選挙」を実施し、傀儡政権を合法化するための重要な前提条件だった。
たとえば、(『ラ・クロニカ・デル・プエブロ』の)編集長とひとりのジャーナリストはナタでバラバラに切り刻まれた死体で発見されました。また『エル・インデペンディエンテ』紙は、軍隊による編集長への三度にわたる暗殺未遂事件、編集長家族への脅迫、新聞社オフィスの占拠事件、および編集スタッフの拘束・拷問の後、閉鎖された。
教会のラジオ局は繰り返し爆撃され、そしてレーガンの選挙の直後、軍隊が大司教の建物を占拠し、ラジオ局を破壊し、新聞社のオフィスを略奪し荒らし回った。
一九八〇年一〇月二六日、ロメロ大司教の後継者リベラ・イ・ダマス主教は、軍隊を「無防備な民間人に対する絶滅と大量虐殺」の戦争をおこなっていると非難した。その数週間後、ドアルテは、軍事政権の民間人大統領として宣誓就任した時、「民衆に付き添い、破壊を食い止める勇敢な任務についた」として軍隊を褒め称えた。(Turning the Tide, pp.102-107)
サルバドル選挙の間、ニューヨークタイムズ、タイム、ニューズウィーク、CBSニュースは、肉体的暴力による破壊や『ラ・クロニカ』紙と『エル・インデペンディエンテ』紙の殺人、あるいは殺害されたジャーナリストの総数について全く報道しなかった。(Manufacturing Consent p.129)
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