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Albert
Interviews Chomsky on Iraq
イラクについて, マイケル・アルバートによるノーム・チョムスキーへのインタビュー(全文)
ZNet原文, 2002年10月6日(翻訳:寺島隆吉+岩間龍男)
質問1
サダム・フセインは主流のメディアが言うように凶悪な人物なのでしょうか。それは国内的にということなのでしょうか。それとも国際的にということなのでしょうか。
チョムスキー:
サダム・フセインはスハルトや現代の他の怪物と同列に位置するくらい凶悪な人物です。誰もフセインの手の届く所にいることは望みません。しかし幸いにも、彼の手はあまり遠くまでは届きません。
国際的には、サダムは(西側の支援を得て)イランを侵略しました。そして、その戦いの進展が思わしくないときに、(これも西側の支援を得て)たいへん化学兵器を使いました。また、サダムはクウェートを侵略し、すぐに追い出されました。
そのクウェート侵略直後にワシントンが懸念したことは、サダムが「傀儡政権」を打ちたてて、すぐに撤退し、「アラブ世界のすべての人々が幸せになるだろう」(当時のコリン・パウエル米軍参謀総長)ということでした。
ブッシュ大統領は、もし米国がイラクの撤退を妨げなければ、サウジアラビアが「最後の瞬間に日和って傀儡政権を受け入れるかもしれない」ことを懸念していました。
手短に言えば、その懸念というのは、米国がパナマでちょうどやったのとほとんど同じ事をサダムが行なうことでした。(もちろん、ラテン・アメリカの人々が決して幸せではなかったことを除けばですが。)
最初の瞬間から、米国はこの「悪夢のシナリオ」を避けようとしました。だから、この手の話は注意深く見守る必要があるのです。
サダムの際立った最悪の犯罪は、国内で行なったことにあります。それは、80年代後半のクルド族に対する化学兵器の使用や大虐殺、野蛮な拷問、そしてあなた方が想像し得るその他のすべての醜い犯罪を含んでいます。
これらはひどい犯罪のリストのトップにあるものです。この点について、現在、サダムは世界中から非難されています。これは正しいことです。
ただし、その暴力への熱心な告発や暴行に対する怒りの雄弁な表現には、「我々の援助で」というわずか3語がどれほど頻繁に伴っていたのかを問うことは、有益なことです。
(つまり、サダムの犯罪がどれほど頻繁に「我々の援助で」行なわれてきたのかを理解しておくことは、重要なことです。)
その犯罪はすぐによく知られるようになりましたが、それは西側にとっては特別な関心のあることではありませんでした。
というのは、サダムは西側から軽い懲戒を受けただけだったからです。また議会の厳しい非難は、著名な時事解説者によって、「行き過ぎた非難だ」とのコメントが与えられていました。
おまけに、レーガン主義者たちとブッシュ1世は、最悪の残虐行為の最中も、その後も、その怪物サダムを同盟者として歓迎し、貿易相手として尊重していました。
ブッシュはサダムへの融資保証や先進技術の売却を認めました。これは大量破壊兵器(WMD)を持つことに明らかにつながっており、クウェートへの侵略の日まで続けられました。時には、サダムが行なっていることを妨げようとする議会の努力も踏みにじりました。英国もその侵略の2,3日後まで、軍の装備や放射性物質のイラクへの輸出を認可していました。
ABCの特派員で現在Zネットの解説者であるチャールズ・グラスは生物兵器の施設を(イラクで)発見しました。(これは商業衛星と亡命者の証言を使って発見したものです。)この彼の摘発は、即座にペンタゴン(国防総省)によって否定されました。そして、その話は消えてしまいました。
しかし、一旦は消されたこの話は、もう一度、復活させられました。それは、サダムが本当の犯罪を初めて犯した時のことです。つまり、サダムが米国の命令に従わず(あるいは、おそらく米国の命令を誤解して)クウェートを侵略したのです。そして、サダムは即座に友人からフン族のアッチラ大王の化身に変化させられたのです。(アッチラ:5世紀の前半、東洋から欧州に侵入したフン族の王)
一旦は消し去られたはずの、その同じ生物兵器の施設が、今度は、サダムの生来の凶悪な性質を示すために使われました。(その施設は、もともと次のような経緯がありました。)ブッシュT世が友人フセインに1989年12月に新しい贈り物を与えると発表した時に(それはまた、米国の農業関連産業にとっても贈り物でしたが)、それはあまり重要でないと考えられたので報道さえありませんでした。しかし、その当時のZマガジンでそれについて読むことができます。おそらく他では読めないでしょう。
2,3ヶ月後、サダムがクウェートを侵略する少し前に、後の共和党の大統領候補ボブ・ドウルを団長とする上院の高官の代表団がサダムを訪問しました。彼らは残酷な大量殺人者に大統領の挨拶を伝え、ここ米国での異端的なレポーターから聞く批判は無視すればいいと保証しました。
サダムは米国の海軍の艦船USSスタークを攻撃し何十人もの乗組員を殺害しても、その責任を逃れることさえできました。それは真にアメリカ政府から尊重されている徴(しるし)です。その特権を認められていた唯一のもうひとつの国は、1967年のイスラエルでしたが。
それはともかく、サダムを尊重して、国務省はサダム政権を倒そうとするイラクの民主的反対派との接触をすべて禁止し、湾岸戦争の後でさえもこの政策を維持しました。その一方で、ワシントンは、シーア派の反乱をサダムが潰す(つぶす)ことに事実上は黙認したのです。
自分たちがシーア派を援助さえすればサダムの政権を転覆させることが十分に可能だったのに、「安定」を守るために見殺しにしたことに対して、新聞は、賢そうにうなずいて、その通りの説明をしたのです。
サダムが非道な大きな犯罪者であることは、疑いの余地はありません。そのことは次のような事実によっても変えられるものではありません。
すなわち、湾岸戦争以前、そしてその後でさえも、より高い「国家的理由」の観点から見れば、彼の非道な残虐行為は重要でないと米国と英国が考えていたという事実です。
これらの事実は米国や英国にとっては忘れるのが一番なのです。
質問2
将来的に見ても、主流のメディアの言っているように、サダム・フセインは凶悪なのでしょうか。
チョムスキー:
もし彼がいなければ、世界は安心でしょう。そのことについては疑いの余地はありません。きっとイラク人にとっても同じことが言えます。しかし、サダムは過去の彼ほど危険な存在ではありません。その過去においては、米国や英国が彼を支持して、さらに軍民両用技術を彼に与えていました。サダムはそれを核兵器や化学兵器の開発のために使うことができましたし、おそらくそのようにしていたでしょう。
10年前に上院の銀行業務委員会の審理は次のことを明らかにしました。ブッシュ政権は軍民両用技術とその材料の認可をサダムに与えていて、それらは後にイラク政権によって、核弾頭ミサイルや化学兵器の目的のために利用されたということです。後の審理はさらに多くのことを付け加えました。その話題については、新聞報道や学会主流の学問的文献もあります。(もちろん反体制側の文献にもありますが。)
1991年の戦争(湾岸戦争)は非常に破壊的なものでした。その時以来、10年に及ぶ経済制裁でイラクは荒廃してきました。そのことは、おそらく、サダム・フセインの体制自体を強化する役割を果たしました。(破壊されたイラクで、フセインに対する可能な抵抗勢力を弱めてしまったからです。)しかし、イラクに対する制裁は、確かに戦争遂行とテロへの支援の能力を著しく弱めました。
その上、1991年以来、「飛行禁止区域」の設定や定期的な(米国などの)領空通過や爆撃そして厳しい監視によって、サダム政権は抑えられてきました。9月11日の同時多発テロがさらにサダムを弱体化させるチャンスでした。もしサダムとアル・カイダの間につながりがあるならば、現在ではそのつながりを維持することはきわめて困難でしょう。なぜならば、イラクに対する非常に強力な監視と支配があるからです。
それは脇に置いておくとしても、そのようなサダムとアル・カイダのつながりは、あまりありそうなことではありません。サダムと9月11日の攻撃を結びつけようとする大きな努力があったにもかかわらず、何も発見されていません。それは、驚くべきことではありません。サダムとビン・ラディンは憎い敵どうしであり、それに関して何か変化があったと考えられる特別な理由は何もないからです。
合理的な結論は、サダムはおそらく9月11日以前よりも、現在では危険が少ないということです。そして、米国や英国(そして他の多くの国々)からの実質的な支援をサダムが受けていた時よりも、現在はイラクの脅威は少ないのです。そのことは2,3の疑問を引き起こします。サダムが文明の生存にとってたいへんに脅威になっていて、世界の用心棒(米国)が戦争に訴えなければならないならば、1年前にどうしてそのような状況でなかったのでしょうか。さらに1990年代の初めにおいても、そのことが当てはまります。
質問3
世界の大量破壊兵器の存在や使用の問題は今日どのように扱われるべきなのでしょうか。
チョムスキー
大量破壊兵器は削除されるべきです。非拡散条約は核兵器に関して国々に、削除の方向に措置を講じることを約束しています。生物化学兵器条約も同じ目的を持っています。
イラクに関する主な安全保障理事会決議(687、1991年)は、大量破壊兵器と中東からのその配送システムをなくし、「化学兵器の地球規模の禁止」への働きかけを呼びかけています。それは良い意見でした。
イラクはこの大量破壊兵器に関しては決して主役ではありません。私達は、90年代初期のクリントン政権の戦略司令部司令長官だったリー・バトラー将軍の次のような警告を思い出すかもしれません。
「極端に危険なことがある。それは、敵意の大釜の中で(中東のことを我々はそう呼んでいるのだが)、ひとつの国家が核兵器の備蓄をして武装してきたことだ。その核兵器の数はおそらく数百はあるだろう。そして、そのことは他の国々にも核兵器を持つように吹き込むことになる。」
彼はもちろんイスラエルのことを言っているのです。イスラエル軍当局は、ヨーロッパのNATOの軍隊より大きくて進んだ空軍を持っていると主張しています(イツハク・ベン、イスラエル 2002年4月16日ハ―レツ紙、ヘブライ語)。
彼らはまた、彼らの爆撃機と戦闘機の12%は永久にトルコ東部に配置していると発表しています。またそれに匹敵する海軍や潜水艦隊をトルコの基地に配置しているとも言っています。
さらにクリントン政権の時代のように、トルコのクルド族の人々を抑圧するために、再び暴力に訴える必要が出てきた場合に備えて、武装した軍隊を配置しているとも言っています。
トルコに拠点を置くイスラエルの航空機は、イラン国境沿いを偵察飛行していると報道されています。これは、米国=イスラエル=トルコの一般的な政策の一部で、イランへの攻撃の脅しと、おそらく強制的な領域確保を意図したものです。
また、米国=イスラエル=トルコの合同空軍演習はイランへ脅威と警告を与えることを意図していると、イスラエル研究の専門家は報告しています。そして、もちろんイラクに対しても同じことです(ロバート・オルソン、中東政策、2002年6月)。
イスラエルは確かにトルコ東部の巨大な米国空軍基地を使っています。そこでは、米国爆撃機はおそらく核装備しています。現在、イスラエルは実質的に海外の米国軍事基地です。
この地域の残りの部分も同様に完全に武装されています。もし、イラクがガンディーによって統治されているとしても、イラクは可能であるならば武器のシステムを開発するでしょう。そしておそらく、今日行なっているよりもさらに武器開発をしているでしょう。
米国がイラクの支配権を握っているならば、そのこと(武器の開発)は継続するだろうし、おそらく加速されるでしょう。なぜなら、インドとパキスタンは米国の同盟国ですが、この二国は大量破壊兵器の開発の方向へ進んでいるからです。そして繰り返し苦しみあえぎながら、核兵器使用の寸前にまで到っています。
他の米国の同盟国や従属国についても同じことが言えます。その地域において全般的な軍縮が行なわれないと、同じことが継続する可能性があります。
サダムはそのような軍縮に同意するでしょうか。実際のところ私たちには分かりません。
1991年1月初旬に、イラクは明らかにクウェートからの撤退を提案しました。それはその地方の軍縮の交渉を条件として提案されたものであり、米国国務省の当局者もその提案をまじめで交渉可能なものだったと述べていました。
しかし私達はそのことについてそれ以上は分かりません。なぜなら、米国は何の返答もせず、その提案を拒絶し、新聞も実質的に何も報道していないからです。
しかし、興味深いことに、湾岸戦争でのイラク爆撃の直前に、世論調査は次のことを明らかにしました。米国の大衆世論は2対1の割合で、明らかにサダムが作成した提案を支持して、爆撃よりその提案を好んでいたのです。
もし、人々がサダムの提案を知っていたのならば、多数の比率はさらにはるかに大きなものとなっていたでしょう。事実を隠すことは、国家的暴力の大義の重要な助けとなっていました。
そのような交渉はどこかに到達できたのでしょうか。熱心な考えの持ち主だけが自信を持つことができます。そのような考え(戦争を回避する考え)は復活させることができるのでしょうか。それも、熱心な考えの持ち主だけができることです。それを見つけ出す唯一の方法は、ただ挑戦してみることしかありません。
Q4.
イラクの潜在的大量破壊兵器については、他の国々のそれとは別に扱うことを正当化する十分な根拠があるという人もいます。
というのも、サダム・フセインも合意した国連安保理決議第687号のもとでは、イラクは、クウェート侵略という明白な国際法違反への処罰として、武装解除されるべきだからです。
国際社会がイラクの大量破壊兵器を制限しようと試みることは、正当化されるのでしょうか。この議論をその通りに受け入れるとするならば、国際的にはどのような派生的効果があるでしょうか?
より適切な論理と方法に基づく、この議論の別のやり方があるのでしょうか。そして、それはどのような意味を持つのでしょうか。
A4.
既に述べたように、国連決議687には他の条項も含まれています。そして、それらはいささか重要なものです。
クウェート侵略は、サダムの犯罪の中でより小さなものです。米国のパナマ侵略とあまり違いがありません。しかも、このパナマ侵略には、説得力のある口実など、わずかばかりもありませんでした。
これは米国が自分の伝統的な支配領域の中で行なってきた犯罪の小さな脚注の一つにすぎません。しかもイラクによるクウェート侵略数ヶ月前に行われたものでした。
イラクの侵略との大きな違いは、米国が、ラテン・アメリカの民主諸国からあがった強硬な非難の声を無視し、安保理における侵略批判決議に拒否権を発動できたこと、そして自分がやりたいことは基本的にやってしまえることです。
この事件は、ほとんど報道されませんでしたが、それと同じ理由で、米国のこうした侵略行為については、歴史からはすべて除去されてしまうのです。要するに衛生チェックを受けるのです。
それはともかく、既に述べたように、ワシントンは、サダムが、米国のパナマ侵略を見習うのではないかと恐れ、それを避けるために強く働きかけたのです。
中東地域に話を限っても、クウェート侵略は犯罪ではあるが、米国が支援したイスラエルによるレバノン侵略のほうがはるかに大きなものでした。
このときは、2万人もの死者が出たのです。そして、よく知られた多くのより悪い事件を継続する方が、驚くほど容易なのです。
それは別にしても、上のような議論は、いささか的はずれです。なぜなら10年前の安保理決議687号は武力行使については何も言っていないからです。
この決議がアメリカによるイラク侵略を間接的に認めているという議論を行う人々が、この点について真面目なのかどうかを調べる簡単な方法があります。
つまり、米国に対して「国連憲章第Z条によるイラクへの武力行使を認めるよう、安保理に働きかける」ことを求めればよいのです。
それで問題は解決されるはずです。安保理では、恐らく、武力行使は認められるでしょう。拒否されることは、まずないでしょう。
けれども、米国は、少なくとも現在のところ、国連からのこうした権限付与を欲していないのです。アフガニスタン爆撃のときに、国連の承認を、それが確実に得られたであろうにもかかわらず拒絶したのと同じです。
こうした理由だけみても、上の議論が問題の的を射ていないことはわかるはずです。
あなたは今、「国際社会」ということばを使いましたが、これは実質的には、米国とその同調者を意味しているにすぎないのです。
一般的には、核不拡散条約、化学・生物兵器条約、そして安保理決議687の適切な条項を実行することは有意義ですし、全般的な軍縮に向けた真剣な努力を行うのはよいことです。
しかし、そうした動きのためには米国の甘受が必要ですが、ここ米国で大きな変化がない限り、ほとんど起こり得ないことでしょう。
Q5.
過去に行われた武器査察の歴史は、査察官たちが騙されたり、査察が遅らされたり、あるいは、実際に任務を遂行することを阻止されたりしてきたことを示しているのではないでしょうか?
妥当な査察方法とポリシーはあるのか?そして、それは普遍的に適用できるのでしょうか?
A5.
むろん、査察官が騙される可能性はあります。けれども、武器査察は、イラクの軍事力を破壊するためには、爆撃よりもはるかに効率的であり、これまでも概ね成功してきたように見えます。
さらにいうならば、イスラエルの核兵器施設及び存在する可能性がある化学兵器施設に対し、最後に有効な国際査察が行われたのはいつだったろうか。そもそも、そのような査察がイスラエルに対して行なわれたことがあるのでしょうか。米国への査察についてはどうでしょうか?
査察体制を確立し、それを普遍的に適用する必要がありますが、御覧の通り、ここでも米国の甘受が必要となります。
Q6.
イラクに対する最近のアメリカ議会公聴会で、ある証人が、「査察が真に有効であるためには、不適切な活動が行われている場所に査察官が突然訪問することを、サダム・フセインが阻止できないように、即応可能な軍事力が必要である」と述べていました。
また、この証人は、「イラクがそれに合意することはあり得ないが、こうした部隊を要求することで、米国は高い道徳基盤を獲得することができる」と述べています。
有効な査察体制のために、そうした部隊は必要な構成要素のでしょうか。米国は高い道徳基盤に基づいているのでしょうか。アメリカが軍事行動に出たとき、他の人々は、その引き替えとして、我々に何を要求するのでしょうか。
A6.
査察の目的は「高い道徳的地位を得る」ためのプロパガンダなのか?それとも、大量破壊兵器(WMD)の脅威を減らすことにあるのだろうか?
もし前者ならば、査察に実行力を持たせるための軍事力を行使するという問題は無視してよいでしょう。また後者であるというならば、自明の疑問がいくつかわいてきます。
兵器査察は、大量破壊兵器(WMD)の脅威を減らすためには、完全ではないにせよ、非常に有効であったように思われます。これについてのスコット・リッターの証言は説得力があり、それに対する真剣な反論があったとは聞いていません。
それゆえ、大量破壊兵器(WMD)の脅威を減らそうと望むのであれば、そのような人々は、安保理決議687号とそれ以前の決議で要求されており、本当の国際社会が支持しているような有意義な査察の条件を作り出すことを試みるでしょう。
しかし米国は、数年にわたって、そのような結末を阻止するためにあらゆる手だてを尽くしてきました。たとえば、査察はイラクに対するスパイ活動の隠れ蓑として使われ、その際にはイラク政権を転覆させるというあからさまな意図があり、そして恐らくは、指導者を暗殺するという意図まであったようです。
このような、基本的な規範に反していることをさておいても、こうしたやりかたは、査察を害するものであり、イラクが査察を受け入れる可能性を大きく減らすものです。このことは逆の立場から考えてみれば明白です。たとえば、パレスチナの過激派組織ハマスが、スパイを目的とした軍事施設査察を要求したら、イスラエルがそれを受け入れるでしょうか?
1998年に、クリントンは、イラクを爆撃する準備のために査察団を撤退させ、逆に、「イラクが査察団を追放した」と宣伝しました。しかし実は、米英の爆撃は、安保理の査察をめぐる緊急会議と同時に行われるよう、注意深く設定されていたのです。こうして国連の枠組みを遵守しようとする立場に対して、アメリカは完全な軽蔑を示したのです。そして、爆撃は、査察再開に対するさらなる障害となりました。
それ以来、ワシントンは、イラクが米国スパイによる深部への査察を受け入れたとしても(これは、軍事侵略の下準備でしょうが)アメリカの姿勢に何ら違いはないと主張しています。つまり、チェイニーの最近の見解では、「査察団がイラクに戻ったとしても、それは、サダムが国連決議に従うことをまったく保証しない」というのです。これは、イラクに対して、査察団受け入れを拒むよう求めているのと同じです。
世界から大きな尊敬を集めてきた国連化学兵器禁止機構の代表ジョセ・ムスタニを、米国政府が強制的に退任させた理由の一つは、彼がイラクの化学兵器査察をアレンジしようとしており、それが、イラク査察団受け入れを阻止しようとする米国政府の策動に反していたからだと言われていますが、それは的をはずれた解釈ではありません。
主流メディアのコメンテータも指摘したように、この偽善は特に大きなものでした。というのも、これは、ブッシュが、土壇場になって、実行議定書への批准を拒んで、生物化学兵器禁止条約の土台を堀崩した直後だったからです。批准を拒んだ理由は、武器条約に反対しているからであり、また、米国企業の商業上の秘密を守るためでもあります。
また、恐らくは、この条約を批准すると、自分がやっている条約違反が大規模に暴かれたときに困るからだと思われます(そのいくつかについては既にリークされているが)。
そこで最初の質問に戻ります。査察を阻止するのが目的なのか、促すことが目的なのか?既に引用した証人は、明らかに査察を阻止しようとしており、それゆえ、彼の発言をまじめに取る必要はありません。
他方、逆に、査察を促すことが目的ならば、イラクだけでなく米国政府も査察を申し入れる必要があります。なぜなら米国こそ大量破壊兵器WMDの最大の保有国だからです。
要するに、大量破壊兵器WMDの計画は、世界をより危険な場所にしていますし、サダムのそれは特にそうです。それゆえ、世界をより安全な場所にするように問題を扱う必要があります。
最上の方法は、意味のある条項を備えた世界的条約を結ぶことであり、それを遵守しているかどうかを査察できる普遍的な査察体制を確立することです。次善の策は、同様の方式を地域的に採用することです。
しかし、いずれの場合も、米国が従うことが必要になりますが、それは少なくとも今はとても可能性があるようにはみえません。まともな人間なら、この状況を変えようと試みるべきでしょう。
さらに次に善い策は、イラクのみに査察団を再び送ることです。それを実現するために、あらゆる努力をつぎ込むべきです。ただし、これを戦争の口実づくりにすることだけは、してはなりません。
最悪の方法は、今述べたようなシナリオに沿って、査察団の復活を妨げようとすることです。けれども、それが米国の政策であり、米国はそれによってイラク侵略へのお膳立てをしようと継続的努力をしているのです。
いま計画されているイラクへの侵略は、世界において恐るべき結末を招いてきた暴力の使用を、少しでも減らそうと、長年にわたって苦労して築きあげられた国際法・国際条約の構造に対して、さらなる打撃となるでしょう。
他にも色々な影響があるでしょうが、このイラクへの侵略により、イラクの次期政権を含め他の国々は、WMDを開発しようとする勇気を得るでしょうし、ロシア、インドや中国をはじめとする他の国々は、目的を達成するための武力行使にためらいを感じなくなるでしょう。
Q7.
サダム・フセインは、米国や(より現実的には)イスラエルに対して、避けがたい帰結を知っているので、核兵器を発射するほど狂ってはいないだろう、と言われています。
けれども、核武装したイラクは、普通の思考法に従って、より弱い近隣諸国に対して攻撃を行うのではないでしょうか?
というのは、より弱い近隣諸国が米国に(あるいは国連にすら)支援を求めるとテル・アビブへの核攻撃があるのではないかとワシントンが恐れていることを、イラクは知っているからです。
A7.
あらゆる突飛な可能性を想像することができます。それだからこそ、WMDが出てきて以来、RAND社をはじめとするシンクタンクで、多くの人々が職を維持しているのです。
ただし、これは、そうした中でも、ほとんど可能性が少ない例です。理由の一つは、そうした状況はほとんど生じ得ないということにあります。
というのは、このシナリオは、サダムが大量破壊兵器WMDを手にしており、それを利用することができるという、信頼できる証拠を示したことを前提としています。そうでなければ、WMDは脅威にも抑止力にもなりませんから。
しかし他方、もしサダムがかなりの大量破壊兵器WMDを所有しているという証拠が少しでもあれば、どこかを侵略すると威嚇する前に、サダム自身が粉々にされてしまうでしょう。
とりあえず、ゲーム的にものをみるために、サダムがどこかの国を侵略する前にWMDを抑止力として示し米国とイスラエルが黙ってそれを座って見ている、という馬鹿げた仮説を受け入れてみましょう。
そのときでも、侵略した直後に、米国とイスラエルがサダムを追い出し(そして恐らくはイラクを破壊する)でしょう。サダムのWMDは、抑止力にはまったくならないのです。
なぜなら、彼の侵略を許し成功させたならば、彼は将来、はるかに大きな脅威になるでしょうから、米国とイスラエルはそんなことを許すはずがないからです。これが1つの十分な理由です。
だから、WMD利用は即時の自殺を意味し、サダムはたとえWMDがあってもそれを使わないでしょうし、逆に自殺したいのであれば、第三国を侵略する前に、WMDをイスラエル(あるいは米軍など他の誰か)に対して使うでしょう。
このシナリオはあまりに現実性に欠くので、様々な現実の問題と比べるならば、ほとんど検討の価値すらないものです。そのような現実問題は浮かれた想像力では思い起こしようのないものなのでしょう。
こうした遊びを求めているのならば、もっとありそうなシナリオを考えてはどうかと思われます。例えば次のようなシナリオです。
米国が政策を変えて、国際的合意に参加し、イスラエル=パレスチナという2国家問題に対する解決案を支持したとします。例えば、米国が、最近アラブ連盟が採用したサウジ案を支持したとします。
そして、イスラエルが、米国を脅迫することでこれに対応したとします。といっても米国を爆撃するのではなく、何らかの別の仕方での脅迫です。
例えば、イスラエルが、サウジ油田上空に爆撃機(核武装しているかもしれないが、その必要はない)を派遣し、米国がイスラエルの側につかなければイスラエルに何ができるか示したとします。
このとき米国が対策を採るには遅すぎます。というのも、イスラエルは警告を実行に移せるからです。
このシナリオにはある程度の現実性があります。というのも、20年前、サウジ政府が同様の計画を提案し、イスラエルがこれに激しく反対したときに、実際に起こったことだからです。
イスラエルの報道によると、イスラエルはこのとき、米国への警告として、油田上空に爆撃機を送りこんだが、実際には不必要でした。レーガン政権は、それまでと同様に、政治的解決を目指す可能性を却下したからです。
確かに当時、イスラエルは破壊に面していたのかもしれない。けれども、イスラエルの戦略が、その可能性を許してきたと論ずることもできる。
1950年代の昔、当時の政権党だった労働党は、米国がイスラエルの要求に応じないなら「発狂する」べきであると述べており、それ以来、どれだけ真剣にかはわからないが、ある種の「サムソン・コンプレックス」は、政策の一要素となってきたからです。
そうであるならば、そうした悪の計画を実行に移す前に、イスラエルを今すぐ爆撃すべきだということになります。
これらを私は信じているか?むろん、こんなことは考えていません。それは馬鹿げていますから。けれども、このシナリオは、イラクを巡るシナリオと比べて、そう異様なわけではありません。
さらに、サダムが、大量破壊兵器WMDを持っているとして、それ利用しかねない状況がありうることも考えなくてはなりません。
もし、サダムを捕まえたり、あるいは、よりありそうなこととしては殺害したりする意図を持ってイラク侵略がなされるならば、サダムには、何も失うものはなくなるのだから、あらゆる手段を使う誘因を手にすることになります。
それ以外のときに、サダムがWMDを使うことは想像しにくいでしょう。
Q8.
イラクの人々は、米国のイラク攻撃にどのように対応するでしょうか?米国による戦争の人道的結末はどのようなものになるでしょう?
A8.
これについては誰もわかりません。ドナルド・ラムスフェルドも、私も、誰も。
喜ばしいシナリオを想像することはできます。数発の爆弾が投下され、イラク共和国防衛隊が反乱してサダムを追放し、楽隊が「米国に神の祝福あれ」を演奏する中で米軍兵士が進軍して群衆が歓喜の声をあげ、現地の人々が進軍する解放者を讃えるというシナリオです。
この「解放者」は、イラクをアメリカ民主主義のイメージすなわち中東地域全体の現代化センターに変えるものとされていますが、実はOPECという拘束を破って、米国が望む価格帯を維持するにちょうど十分なだけの石油を生産する国に変えるためのものです。かくしてサンタクロースが橇から優しく微笑むというわけです。
けれども、もっといささか冷酷な結末を想像することもできます。こちらは、大規模な暴力に訴えることが決まったときに通常付随する惨劇です。だからこそ、暴力行使の道を提唱するものたちが、なぜその道を良しとするのか、を証明しなくてはならない大きな負担を負うのです。
言うまでもないことですが、ラムズフェルドもチェイニーも、イラクへの戦争をとなえる知識人の誰一人として、わずかばかりも、この責任を果たそうとしていないのです
Q9.
戦争へと駆り立てている本当の目的はどこにあるとお考えですか?
A9.
背景には、よく知られた昔年の理由があります。イラクは世界第二の石油埋蔵量を誇るからです。
遅かれ早かれ、米国が、この膨大な宝を西洋の統制下、つまり、他の国々の特権的アクセスを否定して米国の統制下に引き戻そうとする可能性はありました。けれども、それはこの間、ペンディングになっていたのです。
2001年9月11日のニューヨークとワシントンに対する攻撃により、「対テロ戦争」の口実のもとで、その目的を追求する新たなチャンスがやってきました。この口実は薄っぺらなものですが、プロパガンダ目的としては十分だったでしょう。
計画されているこの戦争はまた、眼前の国内的な必要にも奉仕するものです。ブッシュ政権は、通常の基準をすら逸脱する忠誠をもって、少数の富裕権力層に仕え、普通の人々と将来の世代に対する攻撃を続けています。
こうした状況下では、保健や社会保障、赤字、環境破壊、文字通り生存を脅かす新たな兵器システムの開発、その他、好ましくない話題の長いリストから、人々の注意をそらすことが望ましいのです。伝統的かつ妥当な方法は、「オオカミが来る」と言って人々を脅迫することです。
偉大な米国の風刺家H・L・メンチェンは、かつて、次のように述べています。
「現実政治の全目的は、無数の実在しないお化けを使って、人々を恐怖状態においておく(そしてそれにより、安全な状態へと導かれるよう、うるさく要求するように仕向ける)ことである。」
実際に呼び出された恐怖が単なる想像上のものであり全く根拠のないものであることはありませんでしたが、ほとんどの場合は理性的範囲を超えて誇張されていました。これは、米国に限らず、「現実政治」の歴史の大きな部分を占めています。
今にも世界を、そしておそらくは宇宙を滅ぼしかねない、究極の悪の力というイメージを、サダム・フセインに付与するために、大きな技術はいりません。
そして、我々の勇ましい部隊が、奇跡のように恐ろしい敵をやっつけている間、人々は恐怖に身を縮こまらせています。そのような状況では、恐らく、人々は、自分たちに対して何がなされているかについてあまり注意を払わないだろうし、そして、「我々の指導者」への賞賛を口にする著名知識人のコーラスに、多くのひとが参加するひとさえ出てきます。
米国の力の優勢は圧倒的なので、ものごとがうまくいかないように見えるときには、たくさんの蓄えがあります。そして、間違いが起こったときでも、それは忘却の穴の奥深く埋められるか、あるいは、他の誰かが非難されるか、あるいは、「他の人々も我々と同じくらい慈悲深い」と考えた、我々の無邪気な信念のせいであるとか、いうことになります。
これはとても簡単なことです。これについては教訓を引き出すべき多くの経験的財産を持っているはずです。
Q10.
戦争提唱者の中には、イラクに対する経済封鎖が左翼が主張するほどひどいのであれば、米国の勝利の後では経済封鎖はなくなるだろうから、10万人の市民を殺害するほどの戦争でさえ人道的な祝福であろうと述べるものもいます。こうした議論にはどう答えたらよいのでしょうか?
A10.
過去にも色々と馬鹿げた議論を耳にしてきたが、これは、そうした中で新たな記録を達成するものです。これは多分に皮肉としてなされたものではないかと思います。
まず彼らの言う「左翼」の概念について注目しましょう。もし彼らの言い分に従えば、誰よりもイラクについてよく知っている国連人道調整官(デニス・ハリデーやハンス・ヴァン・スポネック)やUNICEFなどが「左翼」だということになってしまいます。
これは、「左翼」は地球温暖化に憂慮していると言っているのに、いささか似ています。そこから、「こうした主張」を問題視する人々が、自分自身を政治的見解のスペクトラムの中でどこに位置づけているのかが、ある程度わかります。
けれども、それは別にして、この議論には興味を引かれる点があります。
たとえば、これと同じ論理を使えば、自爆攻撃が止まるようにするために、イスラエルを征服し適切な「政権交代」を行なうための援助を、イランに対して申し出ることもできるというわけです。
イラクに対する戦争提唱者たちは、自爆攻撃を残虐行為だと見なしていることは疑いがないから、提唱者たちは、上記と同じ論理で、イランへの申し出を提唱してしかるべきでしょう。
あるいは、抵抗を根絶するためにチェチェンを爆撃して灰燼に帰すようロシアを支援することもできるでしょう。そうすれば、チェチェン人たちは、もはやロシア人によるテロと残虐行為の犠牲とならずにすむのですから。
彼らの馬鹿げた論理にしたがえば、こうした可能性は果てしなく存在することになります。
Q11.
イラクに対する戦争が中東そして世界の他の地域に与える影響はどのようなものでしょうか?米国のエリートたちはそれを気にしているのでしょうか?
A11.
むろんエリートたちは気にしていますが、現在権力を握っている小さな一団は、あまり気にしないかもしれません。
この一団は、自分たちの手には圧倒的な武力があるので、他の人々がどう考えるかは重要ではないと考えているようですから。つまり、他の人々が合意しなければ、無視すればよいし、邪魔をするならば、破壊すればよい、というわけです。
サウジアラビアのアブドゥッラー王子が4月に米国を訪問し、米国政府に対して「イスラエルのテロと弾圧を強固に支持することに対するアラブ世界の反応にもっと注意を払うべきだ」と述べたときに、このエリートたちの考え方が極めて明確になりました。
つまり、アヴドゥッラー王子は実は「他のアラブ人たちが何を考えようが米国は気にしない」と言われたのです。その証拠に、米国のある政府高官は、次のように述べています。
「もし『砂漠の嵐』作戦のときに米国は強かったと考えているのなら、現在はその10倍強い。アフガニスタンの戦争は我々の力が如何なるものかをアヴドゥッラー王子に多少なりと分からせるものだった。」
ある上級防衛アナリストは、これを簡潔にまとめています。「他のものたちは、我々のタフさに敬意を払い、我々の邪魔をしようとしないだろう」と。こうした見解については前例があるのだが、それについて述べる必要はないでしょう。
けれども、2001年9月11日以降の世界では、このような見解は新たな力を得ています。そのような見解は正しいか?確かに正しい可能性はあります。しかし、外交用語で言う「適正な休止期間」の後で、世界が彼らの眼前で爆発するかも知れません。
戦争という大規模な暴力に訴えることは、歴史が示している通り、また常識からわかるとおり、予期できない結果を生むでしょう。だからこそ、正常な人々は、個人的関係においても、国際問題においても、特別な議論がない限り、暴力の使用を避けるのです。
他方、(ナチスの宣伝大臣ゲッペルスの言葉を言いかえて、レーガン政権の知識人ノーマン・ポドホレツが言った言葉を借りるならば)「武力行使に対する病的な抑制感」を乗り越える強力な議論を提供しつつ、これまでの戦争は遂行されてきたのです。
Q12.
クリストファー・ヒッチンスの主張は、「サウジ・アラビアの要人やスコウクロフト、キッシンジャーなどは、中東地域が不安定化する可能性があるという理由で、イラクへの戦争に反対しているけれども、中東の政権は反動的で腐敗しているのだから、その安定不安定について左派は気にする必要はない」というものです。これは、戦争反対の一般的議論に対する反論となっているのでしょうか?
A12.
ここで何がポイントになっているのか、理解しがたいのですが。
左派は、これまで常に、米国が「中東の反動的で腐敗した政権」を支援してきたことに反対してきました。そして、むろん、そうした腐敗政権の「不安定化」が何かより良いものを導くならば歓迎です。
一方で、「不安定化」が、たとえばヒッチンスが「イスラム的ファシズム」と呼ぶものなどの、さらに悪辣な権力をもたらすのならば、左派はそれには反対するでしょう。
そして恐らくヒッチンスもそれに反対するだろうと思います。ですから何が問題のポイントなのか私には分かりません。
こうした点が、「戦争反対」の議論に対し、どのように関係するのか分かりません。よく耳にするもの(少なくとも左派から)であろうとなかろうと。
スコウクロフトやキッシンジャーの頭にあるのは、ヒッチンスが考えているものとは別の問題かも知れません。
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