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9.11 Families For Peaceful
Tomorrows9.11の遺族の手記
(原文はhttp://www.peacefultomorrows.org./の中のVoices
of PTの中にある。)
A Political World
政治的な世界
2001年10月4日
David Potorti
デイビッド・ポトーティ
(翻訳:岩間、公開2003年10月16日)
ラルフ・ネーダー[1936〜。米国の弁護士。消費者運動の指導者。1997年、マイクロソフト社に対し、反トラスト法(独占禁止法)の適用を求める運動を起こす。(以上は『英辞郎』より)2000年の大統領選に緑の党から立候補し288万票(得票率2.7%)を得た。]の次のような有名な言葉がある。「政治があなたに向かう前に、あなたが政治に向かいなさい。」9月11日、特別に卑劣で暴力的なやり方で、政治があなたや私や私の家族に振りかかってきた。私の一番上の兄ジェームズ・ポトーティは、不運にも世界貿易センターの92階で仕事をしていて、最初の旅客機からの直撃を受けた。他の人たちは愛する者たちの遺物を待っているが、私たちはDNA鑑定でさえも何も出てこないだろうという現実に慣れてしまっていた。
あの最初の予期しない衝突のスケッチ風のビデオ映像を私は見続けているが、今でも自分の見ているものが理解できない。私は何度も何度もビデオを見て、明らかにテロ事件であることを知る。しかし、私はまた違った何か、つまり政治的な事件を見る思いがする。私の兄の命を奪ったあの大きな衝突と火災を向こう側に、アメリカの外交政策の大きな衝突と火災を見る。この外交政策で私たちは世界の他の国々と互いに影響しあっている。
私の兄ジェームズは政治的な人間ではなかった。彼はよき夫であり、働き者であり、おいしい食事やワインそして時折の葉巻を好んでいた。彼と彼の妻は、ニュージャージー州のプリンストンに素晴らしい快適なマイホームを構えていた。彼らは自転車に乗り、長い散歩をし、小船に乗っていた。彼らは株式市場に参加し、素晴らしい休暇を取っていた。彼らは50代のはじめの年齢で、健康で活動的だった。
しかし彼らは政治的には活動的ではなかった。それなのに何故、政治的行動[であるテロ]が6000人の他の人々と一緒に私の兄の命を奪ったのか。[9.11直後、犠牲者は6000人と見積もられていたが、現在は約3000人と言われている。]私が心に決めたその答えは、私たちは政治的な世界に生きているということだ。そして私たちはそれから決して逃れられないということだ。
しかし多くの人々はその政治的な世界から逃れようとしている。この事件後数週間のうちに、多くの人々は防毒マスクや拳銃や炭素菌のワクチンを購入している。人々は「あなたがどうすることも出来ない事が起こり得る。」(ラウドン・ウエインライトの言葉)ということを認識しつつあるようだ。しかし出来ることはある。説明をする責任を要求することだ。市民生活の本当の完全な今進みつつある関心を取り上げることだ。そして社会が正しいものでなければ、私たちは決して安全ではないし自由でもないことを認識することだ。
9.11以来、私たちは多くのことを聞かされてきた。これは戦争である。私たちの自由が脅かされている。アメリカ人を非難するのは止めよう。世界中にはもっと非難されるべきことが多くあるからだ。
しかし私はそのようには言い切れない。テロを含むすべての行動には何らかの理由がある。考えられない9.11の行動から私が理解したいと思うことは、同じような米国人の側の考えられない行動である。我が国の外交政策を精力的に検証したい。特にそれは中東問題と関係がある。かつて、米国はイランにシャー[イラン国王の尊称]を押し付けたが、次はそのシャーに代わって[イスラム]原理主義の独裁政権[ホメイニ師のイスラム革命]が現れた。かつて、米国はサダム・フセインに資金援助をして、そのイランと戦争をさせたが、次にはフセインに狂人の烙印を押した。米国は4ヶ月前にタリバン政権に私たちの税金から4300万ドルを与えたが、現在ではタリバン政権をならず者の政権ととらえている。かつて、米国はオサマ・ビン・ラディンに資金援助をしてロシアとの[アフガニスタンでの]戦争を戦わせたが、今日では彼は生死にかかわらず捕まえるべきお尋ね者とされている。これは成功した理解可能な外交政策なのだろうか。
私たちが銀行口座を凍結し誰が味方なのか解明しようとする時、私には2,3の疑問がある。それは誰がこれを行ったのかということではなく、これが起きるのを許したのは誰なのかということだ。米国の外交政策はテロを育てているのだろうか。そして、私の兄を含め6000人以上を殺害した計画に、私たちの税金が資金援助をしてしまったということはあり得ることなのか。
このような対話が始まってほしいと私は思っている。しかしまず2,3の事が起きる必要がある。私は大統領に水を注ぎたくはないが、今私が米国で見たいものは、単一化ではないし、これ以上の単一化を望むものでもない。9.11以前には、私たちにはひとつの政党があった。民主党と共和党が以前にもましてより近い主張しか持たないことを私たちは今日喜ぶべきなのだろうか。9.11以前には米国ではひとつのメディアに発言権があった。主流の情報網や新聞が、全く同じやり方でこの悲劇をまとめることを私たちは今日喜ぶべきなのだろうか。9.11以前に、フィラデルフィアや他の場所での合法的な政治的抗議行動を米国は激しく抑圧してきた。今日批評家たちがさらに決められた枠組みの中にいることを私たちは喜ぶべきなのだろうか。
体制側が、非難合戦から昔ながらの乱暴な攻撃をしたがっていることは理解できる。しかし9.11はジョージ・W・ブッシュの監督下で起きた。彼には説明責任がないのだろうか。私たちは防衛のために国防省に1日に10億ドル近く与えているのに、このことは起きた。国防省には説明責任はないのだろうか。議会が人々には利用できない機密の資料を受け取りながら、私たち国民の最善の利益で行動していると主張しているにもかかわらず、このことは起きた。議会のメンバーには説明責任はないのだろうか。
私はこれから数週間のうちに、さらに多くの声や見解や選択肢を聞きたいと思っている。私たちがそれらを分かち合える時、お互いに理性的になれるだろうと私は期待している。結局私たちは国をとても愛しているので、国を十分に理解し、国が何をしているのか、誠実に批判的に建設的に見ていくことを望んでいる。
ブッシュ大統領のようには、私は私の兄ジムのことを話すことはできない。私は兄の名において戦争を宣言することはできない。9.11に兄が去った世界より、もっとよい世界を築きたいと願うばかりである。
デイビッド・ポトーティはノースカロライナ州のカリーに在住する著述家である。
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